SSブログ

出雲崎町が「まちづくり功労者国土交通大臣表彰」受賞

国土交通省第26回「まちづくり功労者国土交通大臣表彰」に
「出雲崎町妻入りの町並み景観推進協議会」が選ばれ
新潟に全国に自慢の出来る地域が増えました。
新潟県の著名人「良寛」の誕生の地でもあります。
最近ではジェロさんの演歌「海雪」の舞台・出雲崎町で知られています。
全国の人は演歌歌詞では出雲の出雲崎と思っているかもしれませんが・・
もっと全国にも知られて欲しい新潟の地です。
表彰詳細は国土交通省URLをご覧ください。
http://www.mlit.go.jp/report/press/city05_hh_000001.html

全国的にも珍しい3.6kmに連なる妻入りの町並み景観の保存を目指すため
町内外の妻入りの貴重な遺産性をアピールしながら観光客を含めた
「まち全体の活性化」を最終目標として、まちの緑化運動や、表札の制作設置
町並みマップの制作活動などを継続的に行っており、当地区の景観形成に
おいて大きく貢献していることが認められました。 
出雲崎町妻入りとは :出雲崎町観光協会ホームページより
http://www.izumozaki.ecnet.jp/tourism/hokkokukaido/hokkokukaido.htm
出雲崎町観光協会ホームページより写真を掲載
妻入り街道.jpg妻入り街道2.JPG

妻入り家屋の伝統的な間取りを再現し、観光客の休憩や交流の
場となっています。「つま」とは端を意味し、建物では大棟と
直角な壁面、即ち長手方向のはしの面を「妻」と言い、一方大
棟平行な壁面を「平」と言います。したがって建物の平側に玄
関(出入口)があるのを「平入り」というのに対して、建物の玄
関(出入口)が妻側にあってこれを正面とする様式を「妻入り」
といいます。 :出雲崎町観光協会ホームページより

出雲崎は天領の郷 
現地に行って撮影した写真です
DSC00856.jpgDSC00857.jpgDSC00858.jpgDSC00859.jpgDSC00860.jpgDSC00861.jpg

出雲崎町観光協会ホームページより
http://www.izumozaki.ecnet.jp/
江戸時代、徳川幕府の直轄地(天領)であった出雲崎は佐渡金銀の荷揚げや北前船の寄港地で、北国街道の宿場町として栄えました。廻船問屋街、旅館街が立ち並び、それに伴い遊廓も発展していきました。様々な業種が集まり近隣の農家の二男、三男は「天秤棒1本持って出雲崎へ行け」といわれるほど働き口に不自由ないところでした。
当時の人口はこの小高い丘と日本海に挟まれたわずかな平場に約2万人もいたと言われ、人口密度は越後一でした。よって、多くの人が居住できるように、また、当時は間口の広さに税金を掛けられていたことから二間や三間半といった間口が狭く奥行きの長い妻入り家屋が軒を連ね、約4㎞にも及ぶ妻入りの街並を形成しました。:出雲崎町観光協会ホームページより

出雲崎町ホームページ
http://www.town.izumozaki.niigata.jp/

K.K
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。